練習するとか、しないとか・・・もちろん、ピアノを学ぶ以上、練習は大切なものです。
けれど、そこにとらわれすぎてしまうと、
「ピアノのレッスンって、一体何なのだろう?」
「それだけでいいのだろうか?」
そんなふうに思うことがあります。
私が20代の講師なりたての頃ですが、とても豊かな音楽感を持ち、奏でる音も美しい子がいました。
ただ、その子にも「あまり練習しない時期」がありました。
今思えば、それは「今は少し弾きたくない時期」だっただけかもしれません。
けれど当時、
「練習しないなら、やめなさい」という親御さんの判断で、その子はピアノをやめることになりました。
私も経験が少なく、お引き留めはしませんでした。
それから毎年のように、「本当は、もう少しピアノを続けたかった」というような内容で年賀状を送ってくれました。
そのたびに私は、あのとき、もう少し引き止められなかったのかな?
もう少し、お母さまが気楽に考えてくださっていたとしたら…。
そして同時に、引き止めきれなかった自分を、講師として力不足だったのではないかと、何度も振り返ってきました。
この出来事をきっかけに、私は初めて、
「子どもと向き合うだけでなく、お母さんやお父さんと、どう向き合うのか」ということを、真剣に考えるようになりました。
これはほんの一例で、こうしたエピソードは、実はたくさんあります。
才能があるとか、ピアニストになるとか、そういう話のずっと手前で、
私はいつも問いかけたくなるのです。
「そもそも、なぜピアノを習おうと思ったのですか?」
「根性論で練習させることが、すべてなのでしょうか?」
練習できない時期があっても、
「とにかく、レッスンに来ていい」「来るだけで大丈夫」
そんな時間があってもいいのではないでしょうか。
グランドピアノの前に座り、
ただ音を出すだけで、そのレッスン時間の中で、ふっと音が変わる瞬間があります。
その変化に、大人が気づいてあげられるかどうか。。それは、とても大切なことだと思っています。
成長の過程で、人格が大きく形づくられていく高校生までの間に、
せっかく続けてきたピアノが、「もう弾けないもの」になってしまうこと。
その残念さを思うと、私は、ある一定の期間は、無理のない形でいいから、続けてもらいたいと願っています。
現に、お母様である日、15歳の息子さんに「ピアノを続けさせてくれてありがとう、と言ってくれて、嬉しかったんですよ」と打ち明けてくれたことがあります。
その子は、年中ピアノを弾いていたタイプではまるでなくて、どちらかというと、野球部で、アウトドアなタイプだったと、付け加えておきますね😌
・・・そのうちに習っててよかった、と思ってくれる日がちゃんと来ますから、そのサポートまでするのが先生の手腕だと思っています。




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